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2008年3月

2008年3月25日 (火)

メジャーデビュー前 2

最初はとにかく曲作り。
そして曲が出来れば、ライブをするぞ!
それが目標。
そのあとのことは、あまり「シビア」に考えていなかったように思う。

とにかく最初のライブは、今は無き大阪梅田阪急東通りにあった「バナナホール」
ベースのマキちゃんは緊張をほぐそうとライブ前に@@を決めてやって演奏は多分ぼろぼろだったと思う。「思う」っていうのは僕も緊張していてよくそのときの音を覚えていないから^^;
レイナも相当緊張していたようで打ち上げでは開放されて、かなりアルコールの量が上がっていた。
おかげで帰り道が一緒の僕の車に乗って5分も経つと車酔いで思いっきりゲロをした。車のドアの手すりのくぼみいっぱいに吐いた。そこからドアの壁をつたってゲロは足元へと滴り落ちている。走っているところが高速道路上だったから、急に止まるわけにもいかず
窓を空けて換気してもすごい臭いが消えなかった。

まぁ楽しい思い出と共にみみずくずの初ライブは無事終了。

そして「次のライブはいつにしよう。」
「もっとオリジナルを増やそう」
「音源を作りたいね」
・・・といろいろとイメージが膨らんでくるわけです。

でもその広がりかたは結果を見てそれに付け加えていくって感じ。
でもそこで何か目的意識がバンドにあったら、全ての活動はその目的に向かってのプロセスになる。
その違いは時間が経過するほど、大きな違いになって出てくる。
自分たちのその後を振り返ると、それがとてもよくわかる。

やり始めの時点で「何のために」って目的意識が無いのとあるのとでは結果が全然違ってくるんだなぁと、今から振り返って思う。
当然、誰もが好きなことで食って生きたいと願うのでありますが、そんなにすいすいと物事が運ぶわけもなく、挫折や失望は必ずついてまわるわけです。
そのときに、結成当初のメンバーのまっさらな心の中に、無意識に染みこんだキーワードは何だったのかってことが、いくつか出てくる分かれ道での選択でとても意味を持ってくる。
その分かれ道で何を考え、どこに行きたいのかが問われる。

みみずくずの場合「10年バンドを続けよう」というのが合言葉になっていた。
また「目指せいぶし銀」
曲作りでの優先順位は、みんながあっと驚くような音楽を作る、だった。
もし「絶対メジャーデビュー」が合言葉だったら、曲作りからして全然違ってくるよね。

まぁそれでよくメジャーが拾ってくれたもんだ。
というか、「プライオリティ・アーティスト」としてかなりの期待があったんだよね、デビュー当時は。

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2008年3月19日 (水)

メジャーデビュー前 1

さてバンド名が決まって「新しいことをするぞ!」ってメンバー全員希望に燃えているわけであります。
そのとき僕はみみずくずで何をやりたいかははっきりとありました。

「出来るだけ普通の8ビートは叩きたくない」
「2拍、4拍にバックビートが来るリズムを拒否したい」

ラジオから流れてくるロックやポップスを聞いていると全部同じようなリズムなんで、そういうドラムは叩きたくない、それでもよかですか?」とレイナとコウヘイに確認した覚えがあります。
まぁ、彼らもなんか聞き手をびっくりさせるおもろいもんを作りたいって気持ちだったから、好きにしてくれたらエエよう~ってことで、すんなりいかないリズムを叩くことがすんなりと決まりました(笑)

聞き手が驚くような仕掛けのある音楽を作る。しかし唯我独尊ではなくてポップさは失わない。
これが今も変わらないMMZレーベル、みみずくずの音楽を作るうえでの基幹の部分の考え方、ポリシーです。
当時はそれが、リズムの部分でかなり突っ込んだアレンジを楽しんでいたように思います。没になったデモ音源の中には3拍子のファンクナンバーとか、展開有りまくりのプログレ風のロックがあったりと、ジャンル無視で面白いと思ったことはなんでも取り入れてやっていた。
それに乗っかるレイナはどんなリズムでもオッケー、、、というよりシンプルな8ビートの方がやりにくいって言っていたくらい何でも面白がって歌っていた。

ドラムに関しては、オリジナルを作るたびに必ず一つは新しいテクニックやアイデアを入れるってことを決めていた。それが「りんご泥棒」や「不思議だな」「うさぎのダンス」「まあるい午後」のようなリズムパターンにつながっていく。
歌メロ無視してでも、というか歌メロが変わってしまうようなフィルインをわざとやってしまうこともありました。。。

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2008年3月14日 (金)

出会い

僕がレイナと出会ったのは1993年だったかな。
友達の女の子のベーシストが自分の作詞した歌を歌ってくれるヴォーカリストを探していると聞いて、僕は知り合いの歌の先生に「生徒に面白いやついませんか~」と声をかけてみました。

当時彼女は大学の3回生。
今は無きバナナホールのライブで見た彼女が歌った「雨宿り」っていう曲に鳥肌が立ったのをよく覚えている。
そんなことはそう滅多にあるもんじゃない。
それでライブが終わって「お疲れ~」と挨拶したのが初対面。
なんやニコニコ笑って無邪気な素顔の彼女とステージのイメージのギャップにちょっと戸惑ったけれど、気難しいよりはずっといいよな、なんて思った。

それでベースのHちゃんとレイナを紹介がてら3人で喫茶店で後日お話しした。
それで一回音を合わせてみようってことで、その当時Hちゃんと僕の仲間と作っていた「生きてるだけで丸儲け」って歌のセッションにレイナも呼んで音を出した。
そのときどんなだったかは全然覚えていない。
(・・・ちなみに「生きてるだけで丸儲け」は僕の親友夫婦のユニット「呆平」がリメイクして歌っています♪)

それでHちゃんとレイナがユニットを組むべく進んでいったかというとそうではなかった。レイナはもともと歌詞を自分で書いていたし、Hちゃんの詩の世界はピンと来なかったようで友達以上には発展しなかった。

ただそれでレイナと僕は親しくなった。
あの感動は何だった?って好奇心もあってその後も彼女がコウヘイとやっていたバンド「サザンコンフォート」略して「サンコン」のライブに足を運んだ。
しかしながら、あのときの鳥肌は無かった。
それよりもバンドがイマイチまとまっていなくて神経質そうに歌っているレイナが気になった。

結局サンコンは解散してレイナは2ヶ月ほどニューヨークに行った。

帰ってきて、コウヘイとレイナはリズムセクションを入れ替えて新しくバンドを組むんだということで、「じゃぁ俺にドラム叩かせてよ」ってことで、一緒にそのとき別のバンドでやっていたベーシストの真紀ちゃんを呼んでセッションをした。

初めて4人で音を出したときのことは、これまたよく覚えていない。
でも、感触がよかったのかその4人でバンドを組もうということになって、あ~だこ~だの末「みみずくず」というバンド名に決まった。

あとあと苦労するんだけれど、この「みみずくず」のバンド名の由来をメジャーデビューしてからは散々聞かれて困りました。
命名したレイナがなんでその名前にしたかはっきりと言わなかったんですよね。英語のバンド名だと覚えられにくいから、ひらがなのバンド名にしたかったって以外には、実はそんなに深い意味は無かったんですが、とにかく東京に行ってからは必ずそれについて聞かれた。でっ、聞き手はなんか記事にしたい、変わったバンド名だからその由来で字数が稼げる、記事が埋まる、って気持ちで聞いてくるから、何か「おみやげ」になる説明を求めてくるんですよね。
ぶっちゃけ、感覚的にそれにしようってレイナが決めたもんだから深い意味なんてないから「なんかもっともらしい由来を作った方がエエんとちゃう?」って返事に困るたびにおもった。

僕らの場合、やっている音楽がノンジャンルでカテゴライズしにくかったもんで、ついつい「わかりやすさ」を求めてバンド名に救いを求めてきたんでしょうね。
それが「メジャー」の世界ってもんなんでしょうか。
インディーでやっているときは「なんか、意味不明でオモロイでしょ♪」で通じてたのにね~

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