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2008年5月

2008年5月30日 (金)

衝動

「創作」「創る」ってどういうことなんだろうか。

学生時代などに一生懸命バンドをやっていたっていうような人に
「オリジナルを作ってます」って言うと大抵「すごいですね~」と答えが返ってくる。
しかもメジャーデビューしているわけですから、僕たちはよりいっそうすごいわけです(笑)

みみずくずは自分たちが面白いって感じるもので尚且つ聞き手がびっくりしてくれるような音源を届けようってポリシーは結成12年経ったけれど未だに変っていない。
それが認められたから、メジャーデビューしたんですよね。

なんでびっくりされるかっていうと、そういうそれなりにバンド活動をした人たちって
一度はオリジナルを作ろうとしたんですよね。
自分らがカッコエエとおもった曲をコピーして、
コピーしてみたら意外と難しいテクニックは使っていなくって
なら、自分たちでもやれるんじゃないか!?って。
自分たちの手で作れたら最高じゃん!ってね。
でもね実際に作ってみると、なんと難しいことかってのが身にしみるんですよね。
ヒット曲を聞いていると単純で自分たちでも作れるとおもうのですが、
そのヒットした要因。。。

1:わかりやすい
2:独自性、オリジナリティ
3:ハングリー精神
4:スター性

まぁざっとこんなことがそのヒット曲がそうやって僕らの元に届くくらい広まるには必要なわけです。
しかも、それ以前に楽器を演奏する技術が必要なのが大前提。
わかりやすくて、しかもオリジナリティがあるって矛盾しているようなんですけれど、
ヒット曲にはそれがあるんですよね、不思議なんですけれど。

そういうことに気づくと、
学生時代のクラブ活動レベルでは当然あっという間に壁にぶち当たってしまう。

じゃぁなんでみみずくずがメジャーデビューできたかっていうと
そこには内側から湧いてくる心のというか、身体のというか衝動があったんだとおもっています。そしてそれをキャッチして形にできた。

例えば、僕のことで言うと
僕はラジオから流れてくる楽曲がほとんど8ビートで2拍4拍にバックビートがきているリズムなことに飽き飽きしていたんです。
同じメロディーでもリズムが変るとすごく雰囲気が変って面白いものになる。
ドラマーだから、いろいろなリズムで曲をバックアップしたい、彩を添えたい、
そんな欲求がずっとありました。

基礎的な練習も大切ですが、ぼくは面白いなってリズムパターンを考えるのが大好きです。民族音楽はそれの宝庫なんでいろいろと聞いてはオリジナルに反映したいといつも思っています。
歩いていて面白いなって感じたら鳥のさえずりでも、
工事中の機械の音でもリズムをメモします。

そういう積み重ねで身体にしみついている感覚がセッションのときに、
フッと無意識にフレーズとして出てくるとすごい快感がある。
その快感がまた自分の中にある身体の欲求、衝動を刺激するっていう循環。

そういう借り物じゃなくて自分の中から出てきたものって、
確信があるからやっていても後で聞いてもブレない演奏になっている。
だから、自分と対話しながら自分の中から湧き上がってくる欲求をしっかり感じて見つけて形にしていく。
それがあなたにしか出せない個性として聞き手に伝わっていく。。。

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2008年5月22日 (木)

ヴォーカリストの適正

自分は歌うということに小さい頃から強烈に劣等感があって
それをなんとかしたいなぁ~って思いからヴォーカルのレッスンをしばらく受けていた。
(縁というのはあるもので、その先生の生徒がレイナだったんです)
レッスンをうけたおかげで自分が音痴ではないことがわかったし(笑)発声の仕方や情感の込め方にもテクニックがあるってこと。マイクの使い方とかいろいろヴォーカリストのことがわかるようになってむちゃくちゃ勉強になった。

なにより自分が歌い手としては才能が無いってことがわかったのが最大の収穫だったかもしれない。
歌の上手い下手も当然あるんだけれども、それ以前に歌うことが好きか嫌いかってのが「向き不向き」の分かれ目なんですよね。
それが身をもってわかった。
これは他の楽器でもそうだし、仕事でも言える事だと思うのだけれど
小学生程度の読み書きができれば誰だってそれなりにうまく歌える。それなりにドラムだってだれでも叩けるようになる。仕事だってそうだ。

でもそこから人より頭抜けていく奴は、それを飽きずにずっとやり続けられる奴なんだよな。執着心こそが「才能」

なんでそれに気付いたかと言うと、歌っていて飽きるんです(笑)

自分のヘタさに嫌気がさすってのもありますけれど、ドラムなら「じゃぁもっと練習してうまくなろう」って向上心が湧いてくるんです。
でも、歌うことにはそれが湧いてこなかったんですよね。
それにレッスンをうけて気付けたのが、最大の収穫だったと思う。
それ以降、モカシンのKちゃんでもレイナでも素直に尊敬できるようになったもんね♪

やっぱし歌い手は歌うことが楽しいってしゃぁない人がなっていくんですよね。

ただ、それとカリスマ性、人をひきつける魅力ってのは別物だとも気付いた。

俳優の萩原健一、ショーケンですね。
(いまどきの人じゃyなくてすません。小栗旬くんでコメントしてみたいんですけど悲しいかなよく知らない。今も昔も本質は変らないとおもいますので~笑)
彼はグループサウンズ(昭和40年代頃にはやった「アイドルタレント」の一形式?多くの名曲が生まれている)でジュリーこと沢田研二と人気を二分していた人気者。
バンド解散後、俳優の道を歩み成功した。
彼の2枚組みライブアルバムってのが、20年ほど前かな、発表されています。
(確か「前略おふくろ様」でブレイクした前後やったような?)
それを聞くと、上手い下手の基準で評価するともうひどい。
下手じゃないです。「ど下手」です、彼は。。。
よくもまぁこんなもんを何千円も出さして買わすな~っておもった。

でもね、テレビで歌っている姿をみると
それがね、むちゃカッコエエんですよ。
それを見ていると、歌が下手とか上手いとか忘れている。
歌っているって感覚はもしかしたら彼の中になかったのかもしれない。
演劇的な表現の形として声を出しているって感じでしょうか。

だからね、世のヴォーカリスト諸君!
歌のお勉強をいくらしたって、それで客が増えるわけではないですぞ。
あなたに歌い手としてのオーラがあるか無いかが人気者になるかどうかを決めるんです。
それはもともとその人に備わっているって要素がとてもウェイトを占めることが多い。
自分にそれがあるかないか、わかった上でバンド活動をしてくださいね♪
その方が表現や活動を楽しめます。

べつにオーラが無くったってよい曲が書ければ人気はでるし、お客さんも増えるんですが、妙な我や自己主張の強さを自分のカリスマ性と勘違いしている輩がとても多いので一言いわせていただきました~

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2008年5月19日 (月)

曲作り&アレンジ

今でこそ、レイナが歌詞とメロディを作って持ってくることもあるようになりましたが、みみずくずの初期はほとんどがメロディ先行。セッションで出てきたメロディにそのタイミングで歌いたいとも思っていた歌詞をのせる。
一般的にチャートインを目指すようなポップスの場合は
1:まず歌詞があり
 ↓
2:そのイメージにあうようなメロディを考え
 ↓
3:それが生かされるアレンジを工夫し
 ↓
4:演奏する(演奏技術)

って流れ、順番になっています。
それがみみずくずの場合はシングルを意識したような曲でもセッションから作っているので、順番がめちゃくちゃなんですよ。
自分たちでは「ポップス」と言い切っているのに歌詞が一番最後にできてくるってことは普通のことでした。

調子がいいときはセッションのときの展開そのままにアレンジもほぼ決まってしまうようなこともあって、上記の順番がまるで逆ってこともありました。
デビューシングルの「りんご泥棒」なんて正にそういう成り立ちだし、2ndシングルの「星の滴」もメロディとアレンジが先にあった。
それにうまく歌詞のイメージが嵌らずに一度おおきく歌詞を書き換えて出来上がったのが音源として発表されたものです。

そこが他のバンドと「なんか違う」と言われ続けている所以でしょう。

だからこそ出しっぱなしで捉えどころの無い楽曲になってしまう危険性もあるので、出てきた素材(歌詞、メロディー、リズム、、、)を如何にうまくまとめるかの技術が演奏力以上に必要でした。
でっ、性格的にも音楽的興味の方向性からしても、担当楽器の特性からしてもコウヘイがそのまとめ役になりました。
ただ、自然に彼が音楽的リーダーになったのではなくて、全員ではっきりとそういう必要性があって意識的にそういう存在を設定したということは強調しておきたいかな。

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2008年5月12日 (月)

デモテープ

デビューまでに出した音源はほとんどカセットテープ。
いまから12,3年前はCDを個人でコピーするなんてことは有りえないことで業者の仕事だと思っていた。
ウィンドウズ95の時代だもんね~
確か友達がCDをCD-Rにコピーするドライブを6万円くらいで買ったと喜んでいたと記憶してます。いまじゃ十分の一ですもんね。

それでも、格安の録音パックのスタジオで録音して2曲入り300円とかで、5THまで出した。あの当時ミックスしたものをマスタリングなんてしてたっけかな?
ジャケットは写真にちょこっと文字を加えたものをカラーコピーして手で折ってカセットケースに皆で入れていった。
これがライブで売るとそこそこ売れたのでその上がりを元にまたスタジオで音源制作に時間をかけるって具合だった。

5thに入っている”はきそうじ”なんてスタジオにはピンクのドラムセットが置いてあって、エンジニアのお兄ちゃんはラスタマンで音は漏れてくるようなボロイところでやった。
でも表現したいって衝動はあの頃が一番あったような気がする。
荒削りですけれどもね、いろいろと試行錯誤して何が出てくるか、やっているメンバーが楽しみにしていたような状態だったですね。

ところで、今はレイナ産休で活動休止中ですが、
あれから10数年たったこれからは、経験や技術を積んだ上であの頃以上に試行錯誤を繰り返して面白いものを作っていこうという意欲に溢れています。

みんながあっと驚くような面白いニッチなポップスを作ろう♪

っていうぼくらとそして聞き手とのコミットメントは今も生きています。

その「はきそうじ」って曲はほとんど誰も知らないでしょうけれど、いま聞いてもかなり斬新な曲だなと思います。
機会があればぜひまたご披露したい曲であります。
これぞレイナって後半の盛り上がり&コウヘイのアレンジ。
確かにあっと驚く曲だよな。

そして「あの頃以上に」っていうのはね

みんなが驚いて尚且つ「聞き飽きない」音楽を作ろう♪

ってことなんだろうね。なんせあの当時からメンバー全員、ほんとにいろいろな経験を積んできています。ライブ、録音、アレンジ、テクニック、歌詞、楽器、自主レーベル、絆、友情、仲間、、、、、普通「勘がはたらく」って何もないところから出てくるって捉えられがちですが、ホントのメカニズムは逆ですよね。経験を積めば積むほど勘ってもんは冴えると思うんですよ。そこに新たな目標ができれば未来のぼくたちにはきっとクリエイティブなものが作れるって期待と予感がするんです。

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2008年5月 8日 (木)

このブログの意味

小学生の頃に友達や先生から「将来の夢は?」って聞かれることがよくあった。
今でも卒業、入学シーズンになると「若者の未来像」のような記事が目に付く。

これを読んでいらっしゃるあなたはどんな夢を持っていましたか。
自分はこれといってなかったです。
だいたい各界の有名人って小学生の頃に具体的な夢を持っていて
インタビューを読んでびっくりしたりするんですよね。
野球のイチローなんて具体的に卒業文集に書いていますもんね、びっくりです。

ぼくは小学生の頃にもしその頃のポップミュージックや歌謡曲をもっと聴く機会があったり、親が音楽好きな環境だったらどうなっていただろうと「たられば」をすることがあります。
でも、音楽環境が整っていたとしても早くに音楽に目覚めて一生懸命楽器の練習に打ち込むってことは無かったような気がしています。

というのも、つい最近(2008年4月)知り合いになった大学生の友人Nさんとの会話で、な~るほどな~と感心させられ尚且つ確認させられたことがありました。
Nさんは小学生のときに部活でドラムを叩いていました。

「ドラムという楽器の一番好きだった点は、
『あー今、この曲を支えてるのは・・・まさにこのあたしなんぢゃない?』みたいに感じられる所でした。ドラムに限らず、打楽器がないと、打楽器がしっかりしていないと、いい曲になりませんよね??私はそう思います。」

これを聞いたときにぼくはほんとにびっくりしました。
学生時代から数えると30年以上もそれなりに(笑)真剣にドラムという楽器を追求してきましたが、ようやっと5年ほど前に40台も半ばになって、Nさんの言う境地に至ったのですよ。
一体ぼくのもがき続けた20数年の時間は何だったのだろう???

これを「才能」って言うのでしょうね。
経験しなくても、教えられなくても、最初から気づいている。

  「我々ヒトは語ることができるよりも多くのことを知っている」
       ってノーベル賞級の偉大な学者もおっしゃっています。
       M・ポラニー「暗黙知の理論」(The Tacit Dimension)紀伊国屋書店
       Michael Polanyiがスペルです。

じゃぁぼくの30年の長きに渡る模索の日々は何だったのだろうか?

ポラニーの考えをあてはめると
ぼくもNさんも同じことに気づく力はある。
身体の奥底の「生命力」のような知の部分で「知っていること」を気づくのにやってすぐに気づくか20数年やり続けないと気づけないかの違いだけだと。
これを才能の違いと言ってしまったら何も見えてこない。
何か感じることがあったのに、それに気づけないから、気づきたいからの気持ちで20数年やってきた、その執着心は才能と言えないのか!?

ぱっと気づいてしまったら、うまく人に伝わるように言えないかもしれないけれども、20数年もかけて「あーでもない、こーでもない」と模索し続けたぼくは多くの説明できる言葉を持っている。
何か感じるけど、うまくできない。でもすごく気になる。
そういう人たちのほうが世の中多いのじゃないだろうか。

好きなことをライフワークにしよう。
夢の実現。
なんて言うけれども、
好きなことの見つけ方すらわからない人のほうが多いのかもしれない。

「気になるけれどうまくできない」
「これが自分の好きなことなのだろうか」
気づいたことをうまくやるには、
これが自分の好きなことかどうかの確認の仕方、
それらのノノウハウがぼくが20数年間ドラムを通じて気づきたいともがいてきたことの中に散りばめられているのではないだろうか?!
自分がやってきた音楽人生を振り返ってみれば、そこには「感じるけれど言葉に形にできない」って人に向けた役に立つ話ができるのではないだろうか。

そういう「気づき」がこのブログを書かせる理由であり
書くためのモチベーションになっています。

そしてそうであるならば、そういう人たちとこの先ブログを通じてシェアしていける何かが見つかるかもしれない。

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2008年5月 2日 (金)

ロックショック

中学校に入ったときに親から今で言う「ラジカセ」を買ってもらった。
当時はチャチャヤングとかオールナイトニッポンとかラジオの深夜番組が全盛で明け方まで聞いては学校で居眠りっていうのがパターンだった。
リスナーのはがきとパーソナリティの喋りで成り立っている番組の構成で合間に曲が流れる。
中一だったか中二だったか忘れたけれど、ツェッペリンの「移民の歌」をはじめて聴いたときの衝撃はすごかった。

ドンドドタドンド、ドンドドタドンド、、、ア~~ア~~~~アッ♪

ドンドドタドンド、ドンドドタドンド、、、ア~~ア~~~~アッ♪

そのときはそれが誰のなんていう曲かなんてわからんわけで
ギェエ~って感じながら気がついたら耳をスピーカーに近づけて必死で聞いていたように記憶している。
曲のフェイドアウトとともに「レッド・ツェッペリンの「移民の歌」でした」とパーソナリティが紹介。
「お~”赤い飛行船” バンド名も派手やなぁ」なんて思いながら曲名をメモっていました(笑)

同じエレキでも小学生のときに見た加山雄三さんの「エレキの若大将」で加山さんや寺内タケシさんがやっていた演奏にはな~んも感じなかったんだよな。
アノ手のベンチャーズ系の音楽はなんだろう、今でもゼンゼン面白くない。
曲はいいとおもうのだけれど、、、
ひとつ大きな違いはドラムだな。
リズムキープに徹しているというか、スリリングさが無いというか。
ジョン・ボーナムにはリズム楽器の存在感やダイナミクスをリズムキープを超えて訴えてくる何かがあった。
それと歪んだギターの音色。これぞ「ロック」
この二つが大きいな。

それがはっきりと欧米のロックミュージックにのめり込むキッカケだった。
僕の世代だったらビートルズがきっかけでもいいのだけれど、なぜかラジオから流れてくるビートルズの音楽よりツェッペリンの音楽に反応したんだよな。

レッドツェッペリン、グレイトフルデッド、CCR、クリーム
あとその当時はバンド名わからずよく聞いていたのが
spining wheel  とか  look at yourself とか。

中三から高一にかけては一気にいろいろな欧米のロックをあさりだした。
ニールヤング、オールマンBros、ビーチボーイズ、ムーディーブルース、
キンクス、フー、エルトンジョン 
ちょっと遅れて レーナードスキナード、スプリングスティーン、トッドラングレン 
and more、、、

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