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2011年5月

2011年5月29日 (日)

才能2 歴史に学べ!

昨今の遺伝子や生物学、脳科学の発展、発見で明らかにされてきたことのひとつに僕たちの遺伝子には、アメーバだった頃からホモサピエンスに進化してきた何億年の記憶がすべて!情報として書き込まれているのだそうです
どの分野でも頭角を現す人は勉強や修練を積む過程で、その結果が出てきた時の流れが感じれるようになる能力が秀でているそうです。
研究の結果、それは自身の遺伝子のなかの記憶をつかみとる能力が優れているらしいのです。

なるほどねぇ~であります。
これはプロならみんな無意識にやっていることですよね。

話は少し脱線しますが、僕はLed ZeppelinやNiel Young CCR 3DogNight Allman bros. Lynyrd Skynyrd なんかが大好きで高校生のころよく聞いていた。完全に洋楽志向。
当時はたいして情報源もないけれど、それでもレコードのライナーを読んだりニューミュージックマガジン(今でもあるのかな?)なんかの数少ない雑誌を読んだりして(確かまだロッキンオンは無かったと思う)彼らってどんな人なんだろうって音楽から広がる世界を読んで楽しんでいた。

そうしたら必ず出てくるのがブルースやR&B、ブラックミュージックという言葉。僕の好きな人たちはみな黒人音楽に思いっきり影響を受けていたんですね。
それで黒人音楽って何?ブルースって何?って疑問と好奇心が沸いてきてブルースのレコードを買いに行ったわけです。
でも当時は普通のお店では売っていない。それでやっと出てきた輸入盤専門店に行ってみたものの、少ない小遣いでは変なものを買って後悔したくないし(ジャケットは黒人のおっさんの顔写真ばっかしで、ほんま違いがまるでわからないのであります、笑)見るだけ見て「何を買ったらいいのだろう」と家に帰ってブルースなんかのアーティストを調べだしてた時に、中村とうようさん主催の”第一回ブルースフェス”というのがあると知って、今はタイで仕事をしているD君とレコード一枚分に相当するチケットを買って行きました。

Work Song のリフが流れてきて、どん帳が(そうなんです。幕が降りていたのです^^;)上がりだした。いやぁ~忘れもしない、あのときの衝撃! 見慣れない黒人の楽器を抱えたおっさんたちがニタっと笑いながら演奏している姿。
実は音楽の中身はまったく覚えていないのですが、なぜかゼップのライブ以上に衝撃を受けてしまった。音量は十分の一以下だったでしょうが・・・

あ~こんな自分の昔話は要りませんな(笑)

ジミーペイジがどんなブルースを聴いていたか。デュアンがどんなギタリストに影響を受けたか。なんでレーナードがクリームの曲を最後にやるのか。。。

そしたらデュアンが好きなBBキングっておっさんは何者や?
ロバートジョンソンって誰?
アメリカにいてる黒人はどこから来たの?
アメリカの歴史は以外に浅いやん・・・
なんでヨーロッパからこっちに来たん?
・・・・・調べだしたらキリがないわけです。
でもわかるでしょ。
それを遡りだしたらアリストテレスが、って話になってしまうわけですよ。

一人のアメリカ人のギタリストの演奏する曲にそういう人たちの歴史の記憶が背後にあって、その歴史の記憶っていうのは彼は無意識だろうけれどはっきりと彼の遺伝子の記憶には刻まれていて、そのなかから彼の感性が選び出した音が表現されている。つまりヒトの記憶にはそれまでの人類の思考や経験の歴史がすべて!刻まれているのだそうです。
それが21世紀になって脳や遺伝子の研究などによって明らかにされてきている。彼の出す音は彼だけのものではないというわけです。
ほいでから、もっと重要なのがだから僕たちの中にもそういう記憶が刻まれているということです。脳の側坐核というところに長期記憶がしまわれているそうです。

あなたのドラミングが行き詰っている、最短距離で上達したい、自分の表現力をもっと豊かにしたい、、、

その答えは目の前にあるあなたが好きで聞いているアーティストの作品の後ろにあるということです。

興味の向く先に感じるままに潜入してみてください。
きっときっとあなたが探している答えのヒントが、歴史の流れのどこかにある筈です。
それは実はあなたの心の中に(脳の側坐核に
)すでにあるものなのです。それはあなたに探し出されるのを待っているだけなのです。
練習や努力はその答えを見つけるためにあるんですわ~

見つけ出してくださいね♪

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2011年5月24日 (火)

才能3 ”才能”の測り方

「才能1」で書きましたが、僕は客観的に自分の才能がどれくらいのものか何もあとさきを考えずにプロのバンドマンになると、なれると信じて音楽生活をスタートさせた。
メンバー募集を見るとそういう若い人たちはけっこういてます。

「プロ指向。初心者不可」「上を目指してます」みたいな感じですね。

このブログはメジャーデビューを目指す人に向けてのものだから、がんばっているそういう人たちにどれくらい可能性があるか、
あなたはプロになれるか!?
の一つの判断の基準を自分の経験から書きます。
(プロと言ってもいろいろなプロがあるわけですが”メジャーデビューしたって売れなかったら意味ないやん”自作自演でやっている人やバンドのことだと考えてください)

ただねもうこれはね、はっきりしてるんですわ。
「よしやるぞう~!!」って決断してライブハウスに出たり、音源を作ってメーカーや事務所に送ったり、コンテストに出てみたりetc・・・・・
オリジナル曲作って一生懸命バンド活動して、それで3年やってお客さんが増えなかったら、まず間違いなくプロにはなれません。
諦めましょう・・・

あっさり言っちゃいます。

プロは無理です(どよよ~ん^^;)

えっ??みんながんばっているのに、そんな簡単に決めつけちゃっていいの??って思うかもしれませんが、ほんとうの真実というものは常にシンプルなものなんです(笑)

では以下にその根拠を書いていきます。

これに関して理屈はなくて僕の周りで同時期にデビューして今も生き残っている人、ずっとプロとして(有名、無名に関係なく)コンスタントに活躍している人たちを見ると、まったく同じパターンがあるのです。それに沿って出てきた結論なんです。

それはね、
プロになった人たちって、活動をはじめた初期の時点で、なにかしら周りの人たちから評価されたりして自然と噂になっていったり、次のライブでお客さんがお客さんを呼んできたりで流れができてしまうのです。
本人に何かしら人をひきつける魅力があるからでしょうね。
楽曲そのものか、キャラか、ルックスか、しゃべりか、独特の声質か、演奏技術か、パフォーマンスかetc  所謂「才能」ってやつで(笑)

才能なんて、やり始めのときには誰にもあるかどうかなんてわからない。
自分で才能があるって思い込んでいても、周囲が評価しなかったらそれは才能ではないわけで(もしかしたら表現する時代が早すぎたのであって、死んでからあなたの作品が評価されるかもしれませんが~^^;)あなたの中の「何か」が才能なのか、思い込みに過ぎなかったのか、それは表現を通して形になった「あなた」の存在がまわりに共感の輪を広げていくかどうか。
そのひとつの区切りが、本気でやりはじめて3年くらいで何かしらの結果が出ていなかったら自分の思い込みと判断した方がいいだろうということなんです。

いやホンマうまくいっちゃう人って、思い込みであろうが何だろうが、後から振り返れば最初から流れが出来上がってたんとちゃうやろか?っていうくらいとんとん拍子で成功していくんだよな~

あなたの大好きなアーティストやバンドのデビューまでの道のりを調べてみてください。
20歳の時点で、なにかしら形になってるか、すでにデビューしてるかって人が多いことに気づくはずです。
苦節何年、という人でもデビューしてからが辛かったということなんですよね。何かは形にしている。

もちろんね、才能あるからって努力していないってことはないですよ。いやむしろあるからこそすごい努力してると思う。
ただその努力が報われるかどうか。
これを読んでいるあなたも努力しているでしょう、がんばっているでしょう。
でっ、自分のイメージ通りに物事がすすんでますか?
本気でがんばって3年が過ぎていたら、もう「プロ」になるのは諦めたほうがいいと、僕は思います。(ひつこいですが^^;)

誤解のないように言っておきますが、
それはあなたの存在や努力を否定するものでは絶対にないですよ。
ただ、3年がんばってお客さんが増えないということは何かが足りないことの証明に十分になりうるとプロになった人たちの過去を分析して思うのです。
プロになるってことは単に「音楽が好き」っていうことだけではなれない、いろいろな要素がまじりあっているのですよ。
そのうえでなにかしら秀でた能力のある人がプロになっているのです。
(秀でているというのは、過剰なまでに過剰な何かを持っている!ということです、笑)

努力や夢だけではどうしようもない世界。。。多くのプロの人たちと接してきて感じた僕のイメージです。

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2011年5月22日 (日)

才能1

自分は努力すればだれでも「なりたいもの」に成れると信じてミュージシャンの道をスタートさせた。18歳の時点でなにも楽器ができないにもかかわらず・・・
なぜか、どういうわけか、夢は実現するためにあると信じて疑わなかった。夢や好きなことがあるのに、その道にすすまず勤め人になることが理解できなかった。何の疑問もなくなりたいものになれると「思い込んで」いた。
そしてあっという間に35年の年月が経った。

俺の夢は実現したのか!?

NO (´-д-`)

ではこの”かくも長の年月”を後悔しているか。
それもNO

とにかくおかげでとても多くのことに気づかされたし、とても多くの人と出会えた。
その中でもダントツに大きな大切な気づきがあって、「才能」というテーマで、その気づきについて書いていきたいと思う。

その気づきとは、努力ではどうしようもない(生まれ持った)「才能」というものは確かにあるという事実であります。

あまりに当たり前すぎて、ここ読んで笑ってる人もいるかもしれません^^;
でも僕はすべての人に均等に才能はあると信じてたんですよ、本気で。それを世間では、思い込みというのですが、それについて微塵も自分に疑いなく人生の方向としてインプットしてしまった。
そして何十年も一生懸命夢を追いかけて、望む結果が出なくてやっと気づいたんであります。
努力ではどうしようもない、生まれ持った「才能」というものがこの世にはある・・・トホホ~

なぜそれに気づかずにいままで一生懸命やれてきたのだろうか?
その間の自分の努力は一体何だったのだろう?
「思い込み」だけでやってきたのだろうか?

それを検証することで何か見えることあるような気がする。

「才能」とは一体何なのだろうか。。。

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2011年5月10日 (火)

みみずくずの想い

みみずくずは歌もんのバンド。
「それはありふれた日常の中に」がレイナの歌のテーマ。
・・・ありふれた日常の中に真実がある。そんな日常を歌詞として切り取って歌うのがレイナの仕事。
じゃぁなんで真実を歌に託して歌いたいのだろうか?

「動的平衡」で有名な福岡伸一さんが朝日新聞のコラムでhttp://www.asakyu.com/column/?id=889

”人類はずっと、生命とは何か、生きるとはどういうことかの答えを求めてきました。”

”「なぜ私たちは存在しているのか」「なぜ生命は生まれたのか」と、みなさんは聞きたいでしょう。でも残念ながら科学はこのような「なぜ(Why)」に答えることができない。科学が答えられるのはせいぜい、私たちの生命がどのようにふるまっているか、という「How」の疑問に対してです。「生命とは絶え間なく変化しながらバランスを取っている動的平衡である」とか「傷がなおるのは細胞が交換されているから」とか、そういった「How」を語ることしかできない。”

”芸術家は、言葉にできない世界観を描くことを出口にしていたのではないでしょうか。”

”科学があえて生命の「なぜ」に対して語ろうとすると、答えはたった一つしかなくなります。「進化の過程で有利だったから」と。しかしこれには単純化の罠(わな)があります。例えば私が好きな昆虫の世界を見てみると、そこには驚くべき多様性があります。過剰なまでの華美さや形態の奇妙さ、行動の精妙さがあります。ここには偶然そうなったとしかいいようのない中立的な何かが含まれているような気がします。

 性急に「なぜ」を解こうとせず、この世界の豊かさのありようを記述することが科学の役割でもあると思います。(談) ”

勝手に抜粋させていただきましたが、こんな風に語っていらっしゃいます。
実に謙虚な方だと^^
これは、まんま、みみずくずの背景にある世界観と合致します。
そう、僕らの仕事はヒトの心の根源にある「生命とは何か、生きるとはどういうことか」という言葉にできない世界のへの希求を音楽という形にして見せるのが仕事。言葉にできない我々の心の根源にこそ我々が求めている「真実」があるから。

現実には我々は生まれて以来培われてきた価値観、先入観でものを見ている。ロールシャッハテストで同じものを見ても千差万別の答えがでてくるようにね。だから多くのヒトはホントウのことが見えていなかったり、錯覚してたりする。
でも、その奥にあるホントウのことが見えているのがアーティストなんだよな。

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夢は叶う

叶うという文字はプラスを口にすると書く、と大きな手術をされてガンから回復された小西博之という俳優の方が新聞で語っていらっしゃいました。
ガンという病から立ち直るという目標を設定されてそれを実現された人の貴重なお話です。

夢を叶えたい!
だれでもが思うことですよね。
でもメジャーデビューまで行って、その先の夢が叶えられなかった自分の過去を振り返ると、夢を叶えるには人並みの努力では難しいのだろうなぁ~というのが実感です。
そりゃそうですよね、毎月何百という新人アーティストの音源がリリースされているんです。その中で5年後に残っているのはどれくらいの確率か?詭弁でもなんでもなくて10000分の1以下でしょう。

つまり人の3倍の努力をすることは当たり前で、それすら単なるスタートラインって位置なんですよね。

好きなことを仕事に!
夢は叶う!
プラスのことをいつも想い、口にしていたら夢は必ず叶う!

脳科学的にも、哲学的にも、宗教的にもたぶんそれは「正しい」のだと思います。
「プラスを口にする」それは「夢」という目標を持ったとき最大限に生かされることなのでしょう。

でも、夢を叶えている人の話を聞いてみると、
本や雑誌でインタビューや自叙伝を読んでみると、
ほとんどの場合半端じゃない「苦しい」時期がある。
プラスのことをいつも想い、口にしていても、全然にうまくいかない。むしろ逆のことが起こっていることのほうが多い。
(・・・先の役者さんでも、きっと病名を宣告された時は、自暴自棄な感情が心を支配した時期があったと自分は推測します)

これは何なんだ!?

((僕は自分のやってきたことを振り返ってみたとき、気づいたこともたくさんあって、その経験や気づきを語ることで、メジャーデビューを目指している多くの将来有望な若い人たちの少しでも参考になればという思いでブログを書き始めました。強烈な自我やプライド、思い込みのパワーが何者にも勝るのが「若さ」の特徴だと思う。そのパワーを少しでも無駄遣いせずに夢の実現へ近道を提示したい。))

どんな職業についても一人前になろうと思ったら楽な仕事はないです。
その中で「好きなこと」を仕事にすると「楽しく」「ポジティブに」やっていけるのではないか?
そう考えても無理はないし、夢を叶えた人たちはこれまた異口同音にそう言ってます(笑)
仕事は遊び、遊びが仕事、とすら言ってる人もいます。

でもそこが落とし穴で、
本当のところは夢を叶えようと思ったら、人の3倍の努力をしても足らない。それ以上のエネルギーがいる。それはとてもシンドイこと。それに耐えて夢を叶えるためには自分が「好きなこと」でなかったら、とても続けることができない、結果が出るまでのプロセスに耐えれない。。。それが現実です。

つまり好きなことをやっているのであれば、夢を叶えるために必ず出てくる大きな壁を突破するために我慢し耐えられる可能性が高い。
好きだと感じれないことであれば、耐えられないだろうから、さっさと夢を叶えることは諦めなさい!

これが「真実」です。

まぁ「好きなこと」そのものが見つからないんじゃぁ~ってツッコミも聞こえてきますが(笑)
好きなことがあることそのものが才能なのでしょうか?
それともこの世に生まれてきたからには誰でもなにかしら才能はあるものなのでしょうか?

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納得

では、「森はみるな!」で書いたことはどこまでやればオッケーなんでしょうか。

結論をいうと「自分の身体に聞け」ってことになります^^;

それでは、何のこっちゃ、抹茶に紅茶、、、なのでもう少し詳しく言うと
一つのテクニック、リフ、など練習していて自分が「納得」したときが、一区切りってことです。

延々やっていても、ダラダラでは時間の無駄だし
さらっとやっただけでは身につかないし
自分で自分の心や身体に聞いたときに、「コツッ」って音がするところまでは繰り返し練習しましょうねと^^;
「コツッ」のラインは人それぞれ違うので、何時間はしなくちゃって量では測れませんよね。

だからあなたなりの「納得するところまで」ってことになるわけですね。
(その納得するポイントも同じあなたでも、レベルが上がるにしたがって変わってきます)

でっ、自分の経験から言えることは
納得するまでやる、って姿勢は音楽だけじゃなくてあらゆる活動に適応できる基本法則の一つなんではなかろうか・・・・・それについては個々人の才能を120%発揮するためのノウハウとしてまたの機会に書きます。happy01

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