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2011年9月

2011年9月21日 (水)

映画館

眉村 卓の本を読んでいて「映画館の空き地」というショートショートがありました。

僕が子供のころ、母親によく映画に連れて行ってもらった。東京オリンピックがあった頃です。あの頃はまだ映画は大衆娯楽として絶大な威力があった。席取りがまずは仕事で、前の上映が終わる頃に無理やり館内に入って通路でその映画が終わるのを待つのです。そして見終わった客が立つと同時にできるだけ見やすい真ん中ちょいうしろくらいの席をダッシュで確保しに行く。もしその競争に負けると他の席も競争でいい席を取ろうとみんながしてるから、家族ばらばらで座らなあかんとか、端っこの首がこりそうな席しか空いてない状態になってしまう。

それくらい映画は人気があった。

そして世の中は高度成長真っ只中。
お金や物に価値があり、みんなが家を持つことや自動車や最新の家電製品を所有することに疑いのない喜びや向上心を感じていた。

2011年
いまはどうだろう?
駒さんとときどき映画に行くけど、日曜の午後ですら座れる。
映画が面白くなくなった?
そうではないと感じる。
面白い映画はたくさんある。

まぁよく言われるように娯楽の多様化なんだろうと思う。
いまは若い人の将来に対する選択肢がものすごくたくさんある。
それだけ仕事が増えたのか?
いやただ細分化されただけだ、という意見もあるけど、世の中に流通しているお金をみれば何十倍にも?なっている。それだけ生産物が増えたのでは?とも感じる。

音楽業界はCDの売り上げが10年前の半分になってしまったとかで、大手外資系量販店が次々撤退していってる。(みんなネットで買うようになったという事情もあるでしょうけれど)
ヒットチャートにのるような音楽はAKBとジャニーズばっかりで皮肉なことに多様の”多”の字もない。みんなどこで何をしてるんだ~

そんな面白くなくなったヒットチャートの音楽や玉石混合の映画や漫画を眺めていて、「あ~アーティストも迷っているよな・・・」と感じるのです。

映画に力があった僕の小学生時代。
映画やヒット音楽は単純に「大衆の娯楽」そういう存在でよかったし、そんな娯楽が物やお金をもとめてがんばる世間を励ましたり、癒したりして世間とぴったりと寄り添って「歌は世につれ世は歌につれ」だったと思う。作り手もそういう価値観がはっきりしていたから制作の方向に迷いはなかった。

2011年
いまはどうだろう?
「多様化」
つまりは方向感がない、と言えるのでは?少なくとも僕はそのように感じます。

でも無意識のところでは、しっかりと確信を持って今を生きたいと、たぶん世の中のひと全員が感じてると思います。確信を持てないと時間の経過とともに世界はどんどん悪い方向に行ってしまう・・・という予感も多くの人の中に芽生えているようにも感じます。
日本では東北大震災がその部分に加速をつけさせたように僕は強く感じました。

んな時代の表現者の、アーティストの立ち位置はどうなんだろう。
つまり僕らは何をどう表現していったらいいのだろう。
3月11日以来、ことのほか強くそれを考えざるをえなかった。
”ミッション”や”テーマ”やなんちゃらかんちゃら、僕はもうずっとそのことを言い続けてますよね。
でも言ってる僕が、確信を持って表現しなくちゃならない、とは確心をもってわかるのですが、その中身がどうにもはっきりと見えてこなかった。
そこにあるのにそれは何??  みたいな感じ。
先日の自動車の例えもそうだけど、ここにきてなんかかなりイメージがはっきりしてきた。
直観がはたらいたように感じます。
んで、眉村卓のショートショートを読んで内容とはまるで関係ないのですが、僕の小学生時代にワープさせてくれて「見えた」のです。
まぁ僕のことだから「見えた気になった」ってことなんですが(苦笑;)

見えたこと。。。それは

受け手に未来を見せること、感じさせること
そんな作品を作ること

ははっ、だからSFを書くってことじゃないですよ。
ってわかってるかそんなことは^^;

いまアーティストに求められることは人を励ますことや癒しや娯楽なんだろうか?と感じています。
お笑い芸人でも経済についてコメントを求められる時代です。
何が「幸せ」なのか、何が「あるべき未来なのか」そこに触れた作品をつくる!!というのが方向なんだろうと感じたのであります。
その方向に迷いがあれば表現に力は生まれない。
迷わず取り組める方向、構築する価値観。
それが「よりよき未来」をイメージするってことだと僕は感じてしまったと。

何か根本的なところでの人間社会の変化を感じてしまっています。
だからと思うのですが、表現者はこういう一番人間社会のベースになることを考え、イメージしつつ、形にすることを求められているのでは、と感じるのです。
もうそれは今更メジャーもインディーも全く関係ない。
インターネットのおかげで、タイミングと努力と人の助けがあれば、個人のたったひと言が世界を変える時代です。

違う言い方をすると、現代の多様化の先にあるであろう着地点、そこに何があるのだろうってことを常々考え、イメージして、表現し続けていく、ということでしょうか。

21世紀にはいって、特に科学の進歩はSF小説を追い越すくらいであるようです。
でもどちらも元はといえば僕たち人間の想像力、創造力、イマジネーションの産物でしょ。

ぼくたちも、例えば50年後の日常生活をイメージしながら、
Tentaの子供、つまり孫にとっての幸せはどんなことであろうか~なんてことを考えながら
100年後の空は何色なんだろう~
まだ講談社ってあるかな~
東京で地震は起こってるだろうか~
みみずくずは語り継がれる名曲を残したであろうか~
円が世界の基軸通貨になってたりして~
中国はあるだろうか~
ついに「宇宙人」と「国交」?がはじまったりして~
みんなどんなもので音楽を聞いてるんだろうか~
自動車の四隅にタイヤはついているだろうか~

キリがないですが、表現者である僕たちが現在の日常を描いたものであろうと、いつも「どんな未来がぼくたちにとってよりよき未来なんだろう」という問題意識が底にいつも流れていることで、その作品に触れた人たちは今よりは意識的に未来を考えることになりはしないか、という期待。

今じゃなくて未来を考えることが今を生きることであるのでは・・・と感じたのであります。
昔の映画館を思い出して、、、
みんなで真剣に「未来の幸せ」を考えていこう、イメージしていこうではないか。
僕たちの作品が無意識的でもいいからそのきっかけになれば。。。

そしてなぜ「よりよき未来」をみんなで考える必要があるのか??

このままでは、人間が作り出した貨幣や資本主義や科学技術。要するに豊かな生活を実現してくれる筈だったものが、逆に人間を食ってしまう可能性がとてもとても加速度ついて高まってきたのかもしれないと、感じるからです。

その二つがやっとつながった。

俺のような鈍感なやつでも東北大震災はそんなことを考えさせてしまうくらい大きな災害、事件?事故?だったと思います。

”ミッション”や”テーマ”やなんちゃらかんちゃら、10年近くつぶやきつづけてましたが^^;それは「よりよい未来をイメージする」という、言ってしまえば誰でも「そうだよね」とうなずくようなことだったようです(笑)
今回ばかりは、便秘のウンコが出た~お腹が軽い~ってくらいはっきりと確信を感じられます。
そしてそこに「人類の危機」という手に余るオマケがくっついてきてるようです、あはははっ
・・・「人類の危機」ってイコール実は「人類の進化」ですが、、、、、

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2011年9月11日 (日)

イマジネーションとフィルイン

I君へ

手が遅れる、もっと速いテンポで叩きたい!!についてあのあと考えて少し調べてみました。
才能と言い切ってしまうと、おれのポリシーに反するやんってことで^^;
でっ、一読しただけでは分かりにくい文章かもしれません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

筋肉を物理的に動かすのは脳の命令で電気信号が手に送られるからですね。
その命令で手が早く動くかどうか。
その過程でイマジネーションはどう働くか?
その際、手を速く動かす、という命令そのものがイマジネーションになります。
(例えて言えば脳や手は自動車のエンジンやタイヤのようなもので、車を運転したい、ドライブに行きたいって欲望(命令)は心の中に浮かんだもので”形”にはできません)

そして脳や手はそのイマジネーション(命令)を前面に押し出すことによって(速く動かすにはどうしたらいいか、という執着心、笑)手の筋肉が無意識に速く動かす方法を探り出す。
そのプロセスでの練習の量と、速く動かしたいっていう気持ちの蓄積がなされていくどこかで直観がはたらき(それは予想できない)「やれる!」という確信と実際の手の動きがもたらせる・・・そういうことだと思います。

・・・と考えると、手を速く動かすという行為を生活の中の「重要課題」として心の中に位置付けて取り組んだら、才能には関係なく動かせるようになるのではと言えます。なので前言撤回(笑)

ただ、初心者でも180くらいまではコツコツやれば必ず動くようになります。それに上記の考え方を取り入れて練習したら効果バツグン!!!はははっ♪

それとフィルインが遅れたり、走ったりの件ですが、言い忘れが一つ。
そのフィルインの音符(できれば前後4小節くらいも)を書き出すことを強く勧めます。
付点の付いてるフレーズだと流れで聞いてしまって見失うことが多いので、譜面にして書き出して一拍一拍の音符をしっかり「意識」することが「イマジネーション」の強化につながります!!

理解していただけますか?
ドラムを上達するためにこんなこと言ってる奴って僕が勉強してきた範囲では見たこと無い^0^;
僕の中ではドラムを上達することもだけど、
そのプロセスを体感することで人生を豊かなものにする方法を見つけて欲しいって感じですね。
人生が豊かって、自分の才能が発揮されてるなぁ~いい友達に恵まれてるなぁ~ってことだと思ってます。
だからこれはドラマー以外にも関係のある話だよね

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