音楽履歴(30才まで)

2008年5月 8日 (木)

このブログの意味

小学生の頃に友達や先生から「将来の夢は?」って聞かれることがよくあった。
今でも卒業、入学シーズンになると「若者の未来像」のような記事が目に付く。

これを読んでいらっしゃるあなたはどんな夢を持っていましたか。
自分はこれといってなかったです。
だいたい各界の有名人って小学生の頃に具体的な夢を持っていて
インタビューを読んでびっくりしたりするんですよね。
野球のイチローなんて具体的に卒業文集に書いていますもんね、びっくりです。

ぼくは小学生の頃にもしその頃のポップミュージックや歌謡曲をもっと聴く機会があったり、親が音楽好きな環境だったらどうなっていただろうと「たられば」をすることがあります。
でも、音楽環境が整っていたとしても早くに音楽に目覚めて一生懸命楽器の練習に打ち込むってことは無かったような気がしています。

というのも、つい最近(2008年4月)知り合いになった大学生の友人Nさんとの会話で、な~るほどな~と感心させられ尚且つ確認させられたことがありました。
Nさんは小学生のときに部活でドラムを叩いていました。

「ドラムという楽器の一番好きだった点は、
『あー今、この曲を支えてるのは・・・まさにこのあたしなんぢゃない?』みたいに感じられる所でした。ドラムに限らず、打楽器がないと、打楽器がしっかりしていないと、いい曲になりませんよね??私はそう思います。」

これを聞いたときにぼくはほんとにびっくりしました。
学生時代から数えると30年以上もそれなりに(笑)真剣にドラムという楽器を追求してきましたが、ようやっと5年ほど前に40台も半ばになって、Nさんの言う境地に至ったのですよ。
一体ぼくのもがき続けた20数年の時間は何だったのだろう???

これを「才能」って言うのでしょうね。
経験しなくても、教えられなくても、最初から気づいている。

  「我々ヒトは語ることができるよりも多くのことを知っている」
       ってノーベル賞級の偉大な学者もおっしゃっています。
       M・ポラニー「暗黙知の理論」(The Tacit Dimension)紀伊国屋書店
       Michael Polanyiがスペルです。

じゃぁぼくの30年の長きに渡る模索の日々は何だったのだろうか?

ポラニーの考えをあてはめると
ぼくもNさんも同じことに気づく力はある。
身体の奥底の「生命力」のような知の部分で「知っていること」を気づくのにやってすぐに気づくか20数年やり続けないと気づけないかの違いだけだと。
これを才能の違いと言ってしまったら何も見えてこない。
何か感じることがあったのに、それに気づけないから、気づきたいからの気持ちで20数年やってきた、その執着心は才能と言えないのか!?

ぱっと気づいてしまったら、うまく人に伝わるように言えないかもしれないけれども、20数年もかけて「あーでもない、こーでもない」と模索し続けたぼくは多くの説明できる言葉を持っている。
何か感じるけど、うまくできない。でもすごく気になる。
そういう人たちのほうが世の中多いのじゃないだろうか。

好きなことをライフワークにしよう。
夢の実現。
なんて言うけれども、
好きなことの見つけ方すらわからない人のほうが多いのかもしれない。

「気になるけれどうまくできない」
「これが自分の好きなことなのだろうか」
気づいたことをうまくやるには、
これが自分の好きなことかどうかの確認の仕方、
それらのノノウハウがぼくが20数年間ドラムを通じて気づきたいともがいてきたことの中に散りばめられているのではないだろうか?!
自分がやってきた音楽人生を振り返ってみれば、そこには「感じるけれど言葉に形にできない」って人に向けた役に立つ話ができるのではないだろうか。

そういう「気づき」がこのブログを書かせる理由であり
書くためのモチベーションになっています。

そしてそうであるならば、そういう人たちとこの先ブログを通じてシェアしていける何かが見つかるかもしれない。

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2008年5月 2日 (金)

ロックショック

中学校に入ったときに親から今で言う「ラジカセ」を買ってもらった。
当時はチャチャヤングとかオールナイトニッポンとかラジオの深夜番組が全盛で明け方まで聞いては学校で居眠りっていうのがパターンだった。
リスナーのはがきとパーソナリティの喋りで成り立っている番組の構成で合間に曲が流れる。
中一だったか中二だったか忘れたけれど、ツェッペリンの「移民の歌」をはじめて聴いたときの衝撃はすごかった。

ドンドドタドンド、ドンドドタドンド、、、ア~~ア~~~~アッ♪

ドンドドタドンド、ドンドドタドンド、、、ア~~ア~~~~アッ♪

そのときはそれが誰のなんていう曲かなんてわからんわけで
ギェエ~って感じながら気がついたら耳をスピーカーに近づけて必死で聞いていたように記憶している。
曲のフェイドアウトとともに「レッド・ツェッペリンの「移民の歌」でした」とパーソナリティが紹介。
「お~”赤い飛行船” バンド名も派手やなぁ」なんて思いながら曲名をメモっていました(笑)

同じエレキでも小学生のときに見た加山雄三さんの「エレキの若大将」で加山さんや寺内タケシさんがやっていた演奏にはな~んも感じなかったんだよな。
アノ手のベンチャーズ系の音楽はなんだろう、今でもゼンゼン面白くない。
曲はいいとおもうのだけれど、、、
ひとつ大きな違いはドラムだな。
リズムキープに徹しているというか、スリリングさが無いというか。
ジョン・ボーナムにはリズム楽器の存在感やダイナミクスをリズムキープを超えて訴えてくる何かがあった。
それと歪んだギターの音色。これぞ「ロック」
この二つが大きいな。

それがはっきりと欧米のロックミュージックにのめり込むキッカケだった。
僕の世代だったらビートルズがきっかけでもいいのだけれど、なぜかラジオから流れてくるビートルズの音楽よりツェッペリンの音楽に反応したんだよな。

レッドツェッペリン、グレイトフルデッド、CCR、クリーム
あとその当時はバンド名わからずよく聞いていたのが
spining wheel  とか  look at yourself とか。

中三から高一にかけては一気にいろいろな欧米のロックをあさりだした。
ニールヤング、オールマンBros、ビーチボーイズ、ムーディーブルース、
キンクス、フー、エルトンジョン 
ちょっと遅れて レーナードスキナード、スプリングスティーン、トッドラングレン 
and more、、、

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2008年2月19日 (火)

縦笛から

自分は小学生のとき、音楽の成績だけがダントツに悪くてそれがトラウマになっていました。
当時は縦笛とかコーラスとかをうまくできる子が音楽の成績のよい子でした。
いま思い出してもどうして縦笛だったのでしょうか??
まるで一般的ではない楽器です。まぁ手軽にできるってことだったんでしょうけれどもね。

んな訳でぼくは音楽の才能はないと無意識に感じながら、夏休みはプールに行ったり一日中野球をやったりしてすごすようなどっちかっていうと体育会系の普通の小学生でした。
ピアノを習わせられたりもしたのですが、バイエルから始めるピアノが全然面白くなかった。

中学生になってもおなじようなもので、さて音楽の授業って何してたかな?って思い出そうとしますが、全然記憶に無いです。
ホント面白くなかったんでしょうね^^;
ただね、壁にかかっている有名作曲家のなかでメンデルスゾーンに僕がそっくりやと言われて憤慨していたことだけはよく覚えています。
もうちょい、キリっとした人に似てると言われないものかとね、、、

でも、中学生になったときにラジカゼを買ってもらって深夜番組の合間に流れてくるロック音楽にノックアウトされました。強烈に印象に残ったのがツッェペリンの「移民の歌」でした。
理屈はないんです。なんせ身体が反応した。

カッコイイ♪

前述のように小学生のときにピアノを習わされたりしたんですが、家には音楽を聴く環境がなかった。
ピアノを習う前に家で音楽を親が聞いていたら、また違ったかもしれないですが、当時はテレビを親戚や近所の人が集まって見るような時代で、なんとうちには電蓄があったんですが、レコードは和田なんちゃらとマヒナスターズのレコードが盤面に置きっぱなし^^;

親としては音楽を聞きたいっていうより、物を買って置いてあることが重要だったのでしょうね。。。

音楽的背景はまるで無くて、つまりは音楽的に目覚めたのは欧米の1970年前後に世界中を席巻していたロックミュージックだった。

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